ピッチで戦う選手やスタッフの素顔や魅力を、アルディージャを“定点観測”する記者の視点でお届けする本コーナー。今回は、日々チームを取材するエル・ゴラッソの田中直希記者に、今季加入した豊川雄太選手のピッチ内外の凄みについて紹介いただきました。
【ライターコラム「春夏秋橙」】田中 直希
コーチの言葉と過去のゴールが裏づける、豊川雄太の飽くなき成長意欲
練習場での“一回転ジャンプ”に隠された秘密
一番の驚きだったかもしれない。J1の京都サンガF.C.から加入して、RB大宮アルディージャで即10番を背負う豊川雄太。鹿島アントラーズやファジアーノ岡山、セレッソ大阪、そして海外でのプレー経験もある実績十分なストライカーが、誰よりも練習する姿を見せている。これが、西大宮のグラウンドでの日常となっている。
全体練習が終わり、各々が自主練習に励む中で、豊川のトレーニングはなかなか終わらない。1時間を超えることはザラで、入念に行ったシュート練習が終わったと思いきや、コーチやチームメートとの青空会議が始まる。そうして話している中でも、ジャンプして体を一回転させるなど、自身の体と向き合い続ける。
「それがルーティンだし、(練習が)好きなので。引退するまでこれは続くんじゃないですかね」
やれることは妥協せずにすべてやる。それが豊川の良さであり、ピッチでの特長にもつながっている。例えば、先述したジャンプして体を一回転させる動き。これは「(京都時代の)一昨年の横浜F・マリノス戦(J1第34節/3○1)で、体を反転させて点を決めたシーンで生きた」。結果につながった経験があるからこそ、毎日のルーティンを続けられるのだ。
今季、豊川の初得点は4月5日のJ2第8節・大分トリニータ戦だった。その同点弾は失点したあとのキックオフ直後のプレーから。オリオラ・サンデーがヘディングで触ったボールに反応した豊川は、DFよりも早く胸でトラップし、すぐさまシュート。追いすがる二人のDFが防ぐよりも早く右足を振り、ゴール左に決めた。
あの場面にも、チャンスを逃さずに反応する集中力、そしてすばやい足の振りでゴールを射抜く決定力が生きていた。まさに、居残り練習で続けてきたシュートトレーニングの賜物だった。
スタッフ、そしてチームメートに伝播する熱
毎日、豊川の居残り練習に付き合っている戸田光洋コーチは「何から話したらいいのか、というくらいに(豊川は)いろいろなことにチャレンジしている」と明かす。「選手にはそれぞれ得意なことがあって、それに加えていろいろなことにマッチできるかどうか(がポイント)。(豊川は)一発で背後をとるのがうまいし、フィニッシュも得意。その機会を増やすために、周りとつながりながらプレーすることなどに取り組んでいる」。居残りシュート練習だけではない。練習後には映像を使ったミーティングを行い、戸田コーチはより成長するためのヒントや気づきにつながるアドバイスを実施。さらに選手本人の意見も聞いて、ディスカッションしているという。
【今季から就任した戸田コーチ】
経験豊富な豊川は現在30歳だが、「年齢で区切ることはしなくていいし、(かつて指導した)小林悠や家長昭博がそうだったように、伸びシロはたくさんある」と戸田コーチは言う。「例えば、(杉本)健勇もサッカーがとにかく好きで、一緒に映像を観たら話が止まらない。ここにいるのはそういう選手たちだし、一緒に成長したい」とも。あふれるほどの成長意欲が豊川にはあり、それがチームメートの刺激になって、チーム全体を押し上げる環境づくりにも寄与していると言えるだろう。
「日々の練習が本当に大事で、それは続けていく。その日だけとか、その1週間ということではなくて、日々やり続けることが大事な場面で結果として出てくる」
ベルギー時代の2018年、残留争いで苦しんでいたチームを最終節での奇跡的な残留に導いたのは、途中出場からハットトリックを決めてヒーローになった豊川だった。他会場で試合をしていたライバルチームの影響で3点のリードを奪うことが必要だった試合で、57分に投入されてから3得点1アシストの大活躍。これはクラブの語り草になっている。そうした経験も、「日々やってきた自分がいるからその結果があるという感覚がある」と豊川は言う。この成長意欲、そしてサッカーに取り組む姿勢がいい形で周りに波及していることは言うまでもない。
【若手の中山(右)にアドバイスをする豊川】
豊川は、大宮で取り組んでいることに関しての手ごたえについても話している。
「今季、大宮にきてからトライしていることが少しずつ自分のものになってきている感覚がある。それが楽しいし、ワクワクしながらやっている」
そう、彼からは辛そうな様子がまったくと言っていいほど伝わってこないのだ。練習にも前向きに取り組み、シュートを決めれば笑みがこぼれる。たとえ枠を外してしまっても、「次は決めてやる!」と、より顔をギラギラさせて次のシュートに打ち込む。
それは試合中のピッチ上でも変わらない。「90分、(体力を)持たせようという気はなくて、全力を出す」。彼のプレーを見れば、その姿勢は否が応でも伝わってくる。一つのボール、一つのプレー機会に集中しており、だからこそ熱くなる。だから、豊川のプレーは熱い。
すべてに手を抜かない。その豊川の姿勢がチーム全体のカルチャーになれば、連戦やシーズン終盤といった厳しい環境下できっとそれが支えになる。
豊川雄太の熱、今季の大宮の大きな強みだ。
田中 直希(たなか なおき)
2009年からサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の記者として活動。首都圏を中心に各クラブの番記者を歴任し、2025年からはRB大宮アルディージャの担当を務める。著書に『ネルシーニョ すべては勝利のために』、『Jクラブ強化論』など。